くれなゐ




















幼い頃からそうであった

殿下は決して泣くことが無い


母君を見送った朝も

父君に銃口を向けられた夜も


あの方は決して泣くことは無かった


最初から そんなものは 持ち合わせていないかのように

 

あの方の竜眼が  涙で歪むことは無い


ただ


あの追憶の黄昏で


まばたきひとつせず


嗚咽の声ひとつ無く


辺りが宵闇に包まれて


明けの明星が昇るまで


ただ「其処」に座していた あの御姿を



 私は忘れることが出来ない












話せないから嘘もつけない


笑えないからご機嫌とりもしてこない


最初から敵だから裏切ることも無い


だからおれはあいつが好きだった









【イバ】

 ・バルムンクの幼少期、一時だけ従者を務めた男。

 火傷によって頭部の皮膚は無く、喉も焼けているので口が利けない。

 右目は潰れている。


 ・元は敵側であるハーディンの騎士。

 バルムンクの気まぐれで生かされ  傍仕えを命じられる。

 周囲は断固反対したが、結局押し切られた。

 

・イバは『一8』の事で、ハーディンの【式番の騎士】

  かなりの実力があったようだが、もはや戦う事もままならない体になっている。


・当初は敵である己を側に置くバルムンクの意図がわからず、

  幼くとも帝国の皇帝、隙あらば殺そうとも考えていた。


・だがしばらく一緒にいるうちに、10歳にも満たないバルムンクが

 何度か暗殺されかける経験をしている事、

 故に宮中の誰も信用していない事、

 それがバルムンクにとって日常であると受け入れている事、

 よって、いつ襲ってくるかわからない危険より

 常に見えている危険(イバの存在)の方がかえって安心できる事を知り

 敵意が失せる。


・バルムンクは見え透いたおべっかや

 不快な愛想笑いを一切しない(出来ない)イバがお気に入りで

 この頃は常に傍に置いていた。

 イバが話せない為、イバからの意思疎通は

 手話、ジェスチャー、トン・ツー。


・イバ(一8)という呼び名は

【式番の騎士】が持つ単なる【式号】なので、

 騎士本人の本名は別にある。

 しかし【式号】を賜った後、殆どの騎士が

 元の名を名乗ることも、他人に語ることはしない。

  ハーディンの騎士にとって、名に【式号】を賜り

 【剣の式番】になる事は至上の名誉だからである。


・なのでイバも、当初は本名をひた隠しにしていたが、

 後にバルムンクにだけ、筆談で明かしている。


・幼少期バルムンクは、大人より賢い頭を持っていたことと

 皇帝の地位というのもあって 、相当わがままな問題児だったので

 イバが頑張ってしつけた。

 というかアタマに来たら普通に叱った。


・口が利けないので 怒る時は耳を引っ張るか、ほおをつねる事が多い。

 バルムンクが謝るまで絶対離さない。 結構な力でつねるのでかなりイタイ。

 のちにイバの握力が弱くなると、頭突きにシフトした。


 



この空気が30秒ぐらい続く。



【ロディエル 】(右)

親衛隊員。幼少時代のバルムンクの護衛。

人懐っこい顔に似合わず、殺る時はきっちり殺る男。

結界術の達人であり、後に『絶界』の異名を持つことになる。

今は亡きバルムンクの母君に恩義があり、

 幼くも残酷な皇帝をお護りしようと尽くす。


【モーガン 】(左)

親衛隊員。幼少時代のバルムンクの護衛。

黒髪で鋭い印象を持つ男。

武戦術を行使した剣の達人であり、後に『残光』の異名を持つことになる。

ロディエルとは同期であり、 同じくバルムンクの母君に

恩義がある為、バルムンクに仕える。









ここで寝てると、いつも来る。









「もう敵は殺したぞ?」

 「おい、血がつくから離せって」

「・・・お前なんか怒ってる?」

 「悪かったよ、次はお前を巻き込まないようにするさ」

 「なあ?一体どうしたんだよ?」






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 あまりにも刺客に襲われてばかりなので

殺されかけるのも返り討ちにするのも多少怪我するのも

 慣れ切ってしまったバルムンクと

そんなバルムンクを、不具の身体であるばかりに

戦うことも守ってやることもできない 自分の不甲斐なさに打ちのめされるイバとの

お互い全然噛み合っていないやり取り。




キレるイバ。




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戦う事は無理だけど、非力だとは言ってない。


護衛のモーガンとロディエルがまだ若輩者なので

腕は確かでも、警護の面では脇が甘いところがあり

そのせいでバルをかなりの危険に晒した件で、イバがブチ切れた辺り。


バル本人は多少の危険と怪我は慣れっこなので、ケロリとしていても

その慣れ切ってしまっていることにも腹が立ち、

半端な警護をしている二人と、何もできない自分への苛立ちとで

 半分お叱り、半分八つ当たり的な怒り方。


ぶん殴られたロディエル視点。

多分みぞおち辺りを踏まれて起き上がれない。


 









猫かこいつは。



目が覚めた瞬間、

足の自由がきかないことに焦りを覚えたが


目を開けた瞬間、飛び込んできた見慣れた寝顔に

 一気に肩の力が抜けた。


脅かしやがって・・・どおりで重いわけだ。


 自室に最高級の寝台が用意されているご身分でありながら、

 何を好きこのんでこいつは、ヒトの膝上で寝るのか。


はたき起こしてやろうかとも思ったが、

 心底安心しきっていると言わんばかりの寝顔に、

その気も失せた。


仕方ないので持っていた膝掛けを肩までかけてやり、

 奴の寝顔をまじまじと観察する。


 起きる気配はない。

 疲れているのだろう。深い寝息がそれを物語っている。


 まだ十にも満たぬ歳でありながら、

 帝国の統治を一手に担っているのだから無理もない。


 日中は絶えず鋭い眼光を放っている竜眼も

 今はまぶたの下だ。


 こうなると、そこらにいる他の子供と何ら変わりない。


 いや、 こうして無防備に眠っていなくとも

やはりこいつはただの子供だ。


稀代の天才と呼ばれようと

帝国の悪鬼と呼ばれようと

 十王継承者と祀り上げられようと


くだらねぇいたずらが好きな、ただのガキだ。

 少なくとも、私にとっては。


だから叱りもするし、ゲンコツも落とすし、

特別扱いなんぞしない。


 私のバルムンクへの対応に、

こころよく思っていない者が多い事も知っている。


 しかし、なんと言われようと変えるつもりは一切ない。

 そもそもドラグーンの連中に、指図される謂れもない。


私は私の意思だけに従う。


この国の連中のように

幼いこいつを、高すぎる御輿に担ぎあげるようなことはしない。

 孤高の玉座へ置き去りにするようなことはしない。


・・・・・・・・・・。


しかし、それももうすぐ叶わなくなるだろう。


私の意思も、

こいつの意思とも、関係無く。


 迫ってくる刻が、それを予感させた。


 最初は、手足の指先からだった。


徐々に握力を失い、

今ではわずかに動くのみで

触覚や痛覚は完全に死んでいる。


最近は寒さを感じなくなった。

暑さも、感じなくなった。



 日を追うごとに感じなくなる。

まるで石になっていくかのように。


 膝上で眠っている、こいつの温かさがわからない。


こいつが気まぐれに入れて寄越す、あの苦すぎたお茶の味がわからない。


 目が覚める度に、少しずつ何かを失っていることを自覚する。


 次に目が覚めた時は、起き上がる事も出来なくなるのではないか。

その恐怖で、もう横になっては眠れなくなった。


私はあとどれだけ、私でいられるのだろうか。


あとどれだけ、この『形』を保っていられるだろうか。


あとどれだけ



こいつを傍で見ていられるだろうか。




 ・・・・・・・・。



重いな。



以前は膝上で寝られると、足が痺れてしょうがなかったが

もう痺れる感覚すら、失ったようだ。


 感じるのは、ただ、重さのみ。


お前はこれから、もっと重くなっていくんだろうな。


この膝上に収まるような背丈でも、なくなるだろう。


私がそれを見ることは無いだろうから


 せめて今のお前の重さだけは


 しっかりと、覚えておこう。



『重さ』


































それは只の力である


海原にて口を開ける大渦であり


天を穿つ雷鳴であり


根の底を這う灼熱の河である



これを冠するは唯一であり、

これを律するは絶対ではない者である



これは朝日でもなく

常闇にもなれない者



黎明と終末に現れる影


不吉と光明を携える境界である


 


心せよ これを見上げる者




その神は

汝の心のままに謳う




『謳う竜』





爆心地のような衝撃が過ぎ去った後、

かつてマギが吟じた詩の一説が、目の前を漂っていた。



全身の震えと、冷や汗が止まらない。



突如現れた『これ』が何なのか 、

私とモーガンは一瞬にして理解した。



辺り一帯は、ひと息でも吸えば

窒息しそうな空気と

濁流に囲まれているかのような 、圧力の海だ。



その中心に立っている小さな影は何も語らず、

凪のように静かに、前を見据えていた。



自らの背後にいる強大な存在に目もくれず、

 ただ正面にいる『あの者』しか見ていない。



 これが、こんなことが



貴方の最初の『願い』なのですか。




その言葉が声となって出ることはない。

言う資格もない。



 陛下の口元がわずかに動く。

 その声はこちらには届かない。



 それを合図に、そびえ立つ影が同時に動き







 決着は一瞬だった。






















人は 常になにかに手を伸ばす


求めるものを得るために


大事な何かに触れるために


あるいは奪うために


壊すために


もしくは手放すために




そして送り出すために






あの日  生まれて初めて


精一杯 天へと両手を伸ばした



その時 この両手で「得た」ものを


俺は一生 忘れられないのだろう












『宵闇の君』





ああ 本当だ

宵闇のようだ







悲しくはない


なぁお前もそうだろう


ただ少し 欲ばりを言えば


大人になったお前を  見てみたかった気もするが


これ以上は 贅沢か


綺麗な眼だ


中身は どうしようもないくそがきだが


お前はいつもその場所に


宵闇を持つんだな


これからも ずっと


・・・・・



なぁバル


お前は そのままでいろよ


周りの 馬鹿な大人共は


何も背負わない いいご身分で


幼いお前を  勝手に持ち上げ


勝手に 憎み


勝手に


奪おうと する



・・・・・



 だから お前が


 好きに


やった ところ で


バチ なん ざ



当た



らん





 

 

































その時 ふと 子守唄を唄いたくなった



なぜだろう

生まれて初めてかもしれない

そんなことを思ったのは



しかし考えてみれば

 自分はすでに声が出なくなっていることや



そもそも 子守唄を唄ってもらったことも

唄っていた相手もいなかったことを思い出し、

やめた









支離滅裂

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