雷鳴





確かに 眼が合った



決して

私に向けられることのなかった

『宵闇』が



私を見ていた












雷鳴









-Side A-





ミハごと、貫いてやろうと思った。




私の、ほんの一瞬の躊躇の隙に

全力で逃走を開始したミハは


すでに、100mほど先の彼方に走り去っている。




速い。




武戦術を行使しているとはいえ、

極限下の緊張の中

幼児一人を抱えてもあれほどの速度を出せるとは。



さすが、あの方が見込んだだけの事はある。




しかし、やはり若い。





速度重視での最短距離を選んだのだろうが、

まさかこんな身を隠すものがない 平野を駆けるとは。



格好の的だ。



手になじんだ愛剣に、魔力を流し込む。



私の意思に呼応して、槍状に刀身を変えた。




一撃だ。




一撃で、即死させてやろう。


 


大丈夫、外しはしない。




私の放った刃が、ミハエルの背に真っ直ぐと

吸い込まれるように突き立つ軌道を イメージしながら。



私は、槍を投げるように深く

強く、身体を沈み込ませた。




終わる。





ただそう強く確信しながら

振りかぶった愛剣が、指先を離れかけた




瞬間





心臓が跳ね上がった。















-Side B-







どこかで、雷鳴が聴こえたような気がした。



その音で、落ちかけた意識を

辛うじて持ち直す。



ここは、どこだろうか…?



一瞬、記憶が混乱しかけたが

視界に入る景色から、西の庭園の中にいくつか点在する

小さな東屋の中にいるのだと、理解できた。



ああ、なんとかここまで逃れられたか。




安堵も束の間、

ハッとして腕の中におさまる

小さな存在の安否を確認した。



幼い双眸は閉じられ、

その白い肌は鮮血で染まっている。



「ブラムドさ・・・・・!」




思わず叫びそうになった直後、

すうすうと、穏やかな寝息が耳に届いた。



肌は血に染まっていたが、顔色は悪くない。


 脈の確認も行ったが、至って平常である。


 どうやらこの血は、私の傷からの血だけのようだ。




「殿下・・・・・・・・・よかった・・・」



今度こそ、本当に、安堵の溜息が出た。




あの時。




ブラムド様を抱えて

全力で走り始めた、数秒後。



背後から感じた、猛烈な殺意と気迫に

開けた平野を逃走路に選んだことを、激しく後悔した。



と同時に



自分は死ぬのだという事を、はっきりと悟った。





ブラムド様。




だめだ、守り切れない。



自分もろとも貫かれる。



地面に投げ出すか。



 いや、この速度のなか腕から放り出せば

幼い殿下はただではすまない。



仮に攻撃を逃れても、私が死んだ後に殺されるだけだ。



 転移術…詠唱が間に合わない。



 どうする。




どうする…!?




一瞬のような

数分、数秒のような

奇妙な感覚の中で必死に考えを巡らせながら



自分の身体を無意識に

『変化(ヘンゲ)』させていることに気付いた時。




私の腹は決まった。





首。


背骨。



絶命に至るような急所へ魔力を集中させ、防御を固める。


即死を回避するためだ。


『変化』である私の身体は、

文字通り、変幻自在。


多少四肢がもげようと、

意識さえ保っていればどうとでもなる。


あとはどうなってもいい。

とにかく一分、一秒でも長く生き永らえ、




なんとしてでも、殿下を逃す。




決意と同時に、炎のようにうねりを上げる

私の『影』に呼応するかのように



背後に迫る刺客の殺気も、一気に膨れ上がった。




そして




ついに、光のような一閃の刃が放たれた。





来る!





まるで磁石に引かれるかの如く、

刃が私の心臓を目掛け、降りてくるのがわかる。



私は、コンマ数秒後に訪れるはずの死神の一撃に

全神経を集中させた。



その時。






私の意識の全てを










 雷轟が支配した。




















その後は、何も思い出せない。





柱にもたれかかっている、肩から腰にかけて

ひどく熱いという以外に感覚が無く、



あの一撃を食らったものの、なんとか即死は回避できた

という事実だけしか、理解できなかった。




空は相変わらず、青く広く澄み渡っている。




あの轟音は、

刺客の一撃がもたらした衝撃音だったのか。



 死線を越えかけた時に聞く、幻だったのか。




わからない。



なにも。








朦朧とする意識の中で


私は右手の無線機から、緊急信号を発し続けたが



治療室で再び意識を取り戻す時まで、

その無線機が壊れていた事に気付くことはなかった。



後にわかったことだが



あの日 、王宮を含む帝都にいた全ての人間が

その轟音を耳にしており



直後、帝都内の全て術具が機能を停止し、破損。



甚大な被害をもたらしたという。



帝国はこの事件を、魔導兵器の性能テスト中に起こった

爆発事故による衝撃波が原因だったと発表。



 この実験に参加していた 兵団の隊員、4名が犠牲になったと報じた。




ブラムド様の暗殺事件は、




事実上、闇に葬られた。



生還した私は


あの日に見聞きしたこと、

その全てを死ぬまで口外するなと

陛下より厳命され、



陛下亡き後も、その命令を忠実に守り続けている。



最も心配していた

暗殺されかけた、ブラムド様ご本人は




まるで、その日など存在しなかったかのように



一切何も、覚えておられなかった。













どこかで、雷鳴が聞こえる。





こんなに澄み渡った蒼天なのに。





・・・・・・。




心の底で、期待していた。



ブラムド殿下は、あの方の

本当の御子様ではないかもしれない、と。



だって、あまりにも似ていないから。



あの面影に。



・・・・・・・。



私が見たあれは、幻だったのかもしれない。



 この異常な状況下が見せた 、錯覚だったのかもしれない。



しかし、でも、やはり、



 見間違えようがない



あれだけは。



・・・・・・・・・・・・・。



なんだか



ひどく、疲れた。



後悔は残らないと思っていたのに。



 ああ、本当に



本当に滑稽な私。



最初から最期まで、道化のようだった。



センセイ、ごめんなさい。

私は「剣」にはなれなかった。



貴方の名誉を汚した罪は、

ちゃんと自分でそそぎます。



だから、大丈夫。

何も心配しないで。








良い、天気。



日向が とてもあたたかい。






こんな気持ちいい 日向のもとを



あの子と一緒に、 歩きたかった。







支離滅裂

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